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東京地方裁判所 平成5年(ワ)850号 判決

原告

小松和彦

被告

中須賀達彦

ほか一名

主文

一  被告中須賀達彦は、原告に対し、四二〇四万三五九八円及びこれに対する昭和六一年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告有限会社中須賀工業所は、原告に対し、四一九六万三七九八円及びこれに対する昭和六一年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第一項、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告中須賀達彦は、原告に対し、金六六一四万九三三四円及びこれに対する昭和六一年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告有限会社中須賀工業所は、原告に対し、金六六〇六万五三三四円及びこれに対する昭和六一年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実

1  本件事故の発生(争いなし)

〈1〉 日時 昭和六一年一〇月一八日午後七時五〇分ころ

〈2〉 場所 東京都板橋区宮本町六八番八号先路上(以下、「本件現場」という。)

〈3〉 態様 被告中須賀達彦(以下、「被告中須賀」という。)は、普通貨物自動車(登録番号「多摩四四つ七三五六」、以下、「被告車」という。)を運転し、巣鴨方面から戸田橋方面に向けて進行中、前記場所において、左側車線に車線変更しようとした際、被告車の左側を同方向に向けて進行していた原告運転の自動二輪車(登録番号「練馬せ四一八七」、以下、「原告車」という。)に被告車を接触させた。その結果、原告は路上に転倒した。

2  原告の傷害の内容、治療経過及び後遺傷害の内容・程度(争いなし)

(一) 原告は、本件事故により、右下腿下端(右足関節部)粉砕開放骨折、続発性骨髄炎、続発性皮膚欠損、右足指屈筋群挫滅、右尖足拘縮、右足部知覚脱出、左脛骨神経・動脈挫滅、左中指伸筋腱断裂の傷害を負つた。

(二) 原告は、右傷害の治療のため、昭和六一年一〇月一八日から平成元年一月三一日まで、医療法人社団明芳会板橋中央総合病院に入院(二七五日間)及び通院(実通院日数二八一日)をした。

(三) 原告には、右下肢約二・五センチメートル短縮、右足部の約三〇度の尖足変形、右趾屈曲拘縮(約六〇度)、右脛骨神経領域の知覚傷害・痛覚過敏・温覚脱出・触覚低下、両臀部にそれぞれ一五×一七センチメートルの採皮痕、左腓腹部に径一五センチメートル円形、右足関部内側部に七×七センチメートルの各醜状痕の後遺障害が残つた。右後遺障害は、自動車損害賠償保障法(以下「自倍法」という。)施行令別表の七級相当(右足関節全廃としての八級七号と、右足全趾全廃としての九級一五号の併合、なお、左右下肢の醜状痕は一四級五号に該当)と認定された。

3  被告らの責任原因

(一) 被告中須賀は、左側車線に車線変更するため進路を変更する際、左側の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と左転把した過失がある(甲五、六、被告中須賀本人尋問の結果)。

(二) 被告有限会社中須賀工業所(以下、「被告会社」という。)は、本件事故当時、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた(争いなし)。

よつて、原告に対し、被告中須賀は民法七〇九条による、被告会社は自倍法三条本文による、それぞれ損害賠償債務に基づき、後記認定の損害額及びこれに対する遅延損害金の支払いをすべき義務がある。

4  損害の填補(争いなし) 二〇八八万一七〇一円

原告に対し、自倍責保険金として九四九万円が支払われたほか、治療費等として一一三九万一七〇一円が支払われた。

二  争点

1  損害

原告は、既払治療費等(一一三九万一七〇一円)のほかに、〈1〉入院付添費、〈2〉入院雑費、〈3〉交通費、〈4〉家屋改造費、〈5〉移動用車両購入費、〈6〉後遺傷害による逸失利益、〈7〉慰謝料(傷害分及び後遺障害分)、〈8〉着用品破損による損害及び〈9〉弁護士費用を請求しており、被告らは、その相当性ないし額を争う。

2  過失相殺

被告らは、「被告中須賀は、車線変更をするため、左折の合図をした上、進路を左に変えた。他方、原告は、被告車の左後方から、被告車の動静を十分注意しないで進行してきて本件事故に遭つたものである。従つて、原告にも前方不注視の過失がある。」旨述べ、三割の過失相殺を主張する。これに対し、原告は、「本件事故は、被告車と原告車が並走中、被害車が左折の合図もせず急に左に幅寄せしてきたために発生したものである。」旨反論し、過失相殺すべきではないと主張する。

第三争点に対する判断

一  本件事故態様

1  証拠(甲四ないし甲八、甲一〇、一二、二八、甲二九の一、二、甲三〇、乙一の一ないし一〇、乙二、原告、被告中須賀の各本人尋問の結果)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件現場は、別紙図面のとおり、巣鴨方面から戸田橋方面に準ずる、三車線で、車道幅員一〇・六メートルの歩車道の区別のある道路(いわゆる中山道、以下、「本件道路」という。)上にあり、路面は舗装され、平坦で乾燥していた。速度制限は時速五〇キロメートルである。本件現場の戸田橋寄り五〇メートルの地点には泉町交差点があり、本件事故当時、車両の交通は頻繁であつた。

なお、戸田橋方面に向け、歩道寄りの第一車線を進行すると泉町交差点手前で左折することになり、第二車線を進行すると右交差点を直進することになる。原告は、右の事情を知つていた。

(二) 被告中須賀は、被告車を運転し、本件道路の第二車線上を、巣鴨方面から戸田橋方面に向けて時速約四〇キロメートルで進行した後、本件現場付近にさしかかり、先方の泉町交差点の対面信号が赤色表示を示して被告車前方の車両が減速したので、同様に時速一五キロメートル程度に減速したところ、被告車に同乗していた訴外中須賀登から泉町交差点を左折するよう指示されたため、左折の合図をすると同時にハンドルを左にきり始めたが、その瞬間、原告車と接触した。被告中須賀は、右接触まで原告車には気付いていなかつた。

(三) 他方、原告は、泉町交差点を直進するため、本件道路の第二車線の歩道寄りを、被告車と同一方向に、時速約四〇ないし五〇キロメートルで進行し、本件現場に近付いた際、やはり、前方の車両が減速を始めたので、同様にアクセルを戻し徐々に減速をしていたところ、被告車が左に寄つてきたため、回避する間もなく、被告車と接触した。原告車は、接触後、左前方に逸走し、歩道に乗り上げた後転倒して停止した。停止地点は接触地点から約一九・七メートル先である。

(四) 接触状況は、被告車の左側助手席ドアと原告車の右側とが接触したものであり、衝突地点は、泥土が落下していたことから、第二車線右端から四五センチメートルほど第二車線に入つた地点である。

2(一)  原告は、被告中須賀が左折の合図をしなかつた旨主張するけれども、証拠(甲五、六、被告中須賀)によれば被告中須賀が左折の合図をしたこと自体は認めることができる。しかしながら、左折の合図とハンドルをきり始めた時点とは同時であつたことが認められる(被告中須賀)から、事故回避のための合図と評価するに値しない。

(二)  他方、被告らは、原告が本件事故の際時速五〇キロメートルの速度で進行していた旨主張し、それに沿う証拠(甲七、乙二)もあるけれども、泉町交差点の信号表示に従つて前方の車両が減速を始めていた状況を、被告中須賀と同様原告も認識していたと認められるから、時速五〇キロメートルのまま進行したものとも思えず(停止した四輪自動車の左側方を通過して泉町交差点に近づくことは考えられるにしても右速度で通過することは想定し難い。)、原告車はある程度減速していたものと認められる。もつとも、減速した速度が時速二〇キロメートル程度であるという原告の主張ないし陳述・供述(甲二八、原告)についても、本件事故後、原告車が一〇メートル余逸走して歩道に乗り上げ転倒し、そのまま六・八三メートル程度滑走したという状況(甲五)や本件事故前の原告の減速方法(原告)に鑑みると、俄かに信用しがたく、被告中須賀の供述をも考慮すると、結局、原告車の速度は少なくとも時速三〇キロメートル程度であつたものと推認することができる。

次に、原告は、本件事故までの五秒間程度、被告車の助手席左側を並走した旨供述する(甲二八、原告)けれども、右は本件事故から五年以上経過した際の供述であり、本件事故後の捜査官に対する供述では触れられていない点である。しかも、前記のとおり被告車の速度よりも原告車の速度の方が速かつたと認められるから、原告車が被告車の後方から被告車に接近しながら走行していたはずである。また、被告中須賀の過失を認めていた、被告車後部座席左側に乗つていた中須賀利光の述べる状況(甲一〇)とも符合しない。従つて、原告車が数秒間被告車と並走していたと認めることはできない。なお、被告車が進路変更を始めた直後に衝突したことないし原告車の速度から推測すると、原告車は進行中、被告車の左やや後方に接近した際に、突如進路変更をし始めた被告車に接触されたものと推認できる。

3  以上の認定事実を総合すると、被告中須賀は、左側ないし左後方の安全を確認しつつ適切な方法で進路変更をすべき注意義務があるのに、これを怠り、左後方の安全を確認しないまま、しかも、左折の合図と同時にハンドルをきるという極めて不適切な方法で進路変更をした過失が認められ、その程度は重い。

他方、原告においては、泉町交差点付近においては進路変更をする車両があることは十分予測できたから、同一線上の四輪自動車の側方を進行する際には、少なくとも十分減速の上前方左右を注視しつつ進行すべき注意義務があり(原告車が更に減速をしていたならば本件事故ないし重篤な結果を回避できたものというべきである。)、これを怠つた点に若干の過失があつたものといわざるを得ない。

右の、被告中須賀と原告の各過失を比較すると、原告の損害の五パーセントを減ずるのが相当である。

二  損害

1  入院付添費 五四万〇〇〇〇円

(請求 一三七万五〇〇〇円)

原告は、昭和四五年三月一九日生まれで本件事故当時一六歳であり、前記のとおりの重傷を負い、入院治療を余儀なくされたものであるが、証拠(甲三二の二、甲四〇の二)及び原告の年齢に鑑みると、近親者による入院付添いが受傷時から四か月間(一二〇日)必要であつたことが認められ、弁論の全趣旨によれば、一日あたりの付添費用としては四五〇〇円が相当と認められるから、四月分の合計である五四万円が相当因果関係にある入院付添費である。

2  未払入院雑費 一四万四五〇〇円

(請求 同額)

前記のとおりの原告の入院日数二七五日間の入院雑費合計三三万円については当事者間に争いがなく、既払分一八万五五〇〇円を控除すると一四万四五〇〇円となる。

3  未払交通費 四万二一〇〇円

(請求 同額)

既払交通費分一二万二四〇〇円のほかに四万二一〇〇円の交通費を要したことについては当事者間に争いがない。

4  家屋改造費 三三万六五〇〇円

(請求 同額)

右額の損害が生じたことについては当事者間に争いがない。

5  移動用車両購入費 認められない

(請求 五三八万一五五八円)

証拠(甲一九ないし甲二四、甲二六、原告)によれば、原告は、外出用に乗用車を欠かせず、しかも、本件事故により足が不自由になつたためワゴンタイプの車両が便利であることから、右タイプの車両を購入して使用していることが認められる。しかしながら、後に認定するとおり、原告の後遺傷害を前提として逸失利益及び慰謝料を算定しているから、それ以外に、別途、車両購入費用を認めることはできない。

6  後遺障害による逸失利益 三七四八万七八三〇円

(請求 四六七七万五六七六円)

原告は、本件事故当時、健康な一六歳の高校二年生であつたところ、前記のとおりの傷害を負い、右下肢が二・五センチメートルほど短縮した上、右足関節の硬直、右足指の硬直等の機能障害を残し、自倍責保険においても右足関節、右足全趾の用を廃したものと評価されている。そして、証拠(甲二五、二六、二八、三三、三五、三六、甲三七の一ないし一二、甲三八、四一の一ないし一一、甲四二、原告)によれば、これらの障害は平成二年二月九日に症状が固定したこと、右のほかに、原告は現在でも右足に痛みや知覚障害があり、また、移植手術によつて左足にも痺れなどの異常をきたしていること、その結果、走行は一キロメートル程度が限度であること、本件事故に遭わなければ高校を卒業し六七歳まで稼働可能であつたと見込まれるところ、本件事故により高校を中途退学したこと、その後、職を転々とし、平成四年一月から防水会社に勤務しているが、重い物の持ち運び、高所での仕事、足場を要する仕事はできないこと、収入は安定せず、毎月の勤務日数は八日から一四日前後で、月収も、一七、八万円に達することもあるものの、平均すると一一、二万円程度であること、将来の職種についても、前記後遺障害の影響を免れるものに就く可能性は乏しいことの各事実が認められる。

以上、原告の後遺障害の内容・程度、現在の稼働状況等に加え、原告の年齢等を総合すると、原告は、症状固定の際の年齢である一九歳から六七歳まで、賃金センサス平成二年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・新高卒の全年齢平均の年収額四八〇万一三〇〇円の五〇パーセントに相当する収入を喪失するものと推認することができる。そこで、中間利息をライプニツツ方式(本件事故の際の年齢である一六歳から六七歳までの五一年に相当する係数一八・三三八九から、一六歳から一九歳までの三年に相当する係数二・七二三二を控除した係数は一五・六一五七である。)により控除して本件事故時における逸失利益の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

4801300×0.5×15.6157=37487830

7  慰謝料 一二〇〇万〇〇〇〇円

(請求 傷害分五〇〇万円、後遺障害分一〇〇〇万円)

本件事故に遭つた際に被つた原告の恐怖、苦痛、治療期間が平成元年一月三一日までの約二年三月間に及び、入院日数が二七五日、実通院日数も二八一日に達したこと、その間に、五時間に及ぶ救急手術や、血管柄付有茎植皮及び神経移植手術を受けたこと(甲三二の二)などを考慮すると、傷害慰謝料として三五〇万円が相当である。

また、前記のとおりの左右下肢の醜状痕を含む後遺障害の内容・程度や、それによつて日常生活上も座位がままならず、また、好きなスキーやサーフインなどのスポーツもできなくなつたこと(甲二五)、自動車による外出を余儀なくされたことその他諸般の事情を総合考慮すると、後遺障害に対する慰謝料として八五〇万円が相当である。

8  着用品等の破損による損害 八万四〇〇〇円

(被告中須賀のみに対する請求 同額)

証拠(甲一六、原告)によれば、本件事故により、原告のズボン、ジヤケツト、シヤツ、ヘルメツト等が破損し、その購入額は合計八万四〇〇〇円であることが認められ、特段の反証がない以上、右額を損害と認める。

9  既払分 一一三九万一七〇一円

既払いの内訳は、治療費、通院交通費、入院雑費、装具費、アルバイトの休業損害である。

10  合計

被告中須賀に対し 六二〇二万六六三一円

被告会社に対し 六一九四万二六三一円

三  過失相殺・既払控除後の金額

前記一3のとおり原告の損害の五パーセントを控除した後の金額は、被告中須賀に対し五八九二万五二九九円、被告会社に対し五八八四万五四九九円(いずれも円未満切捨て)であり、既払額を控除した残金は、被告中須賀に対し三八〇四万三五九八円、被告会社に対し三七九六万三七九八円となる。

四  弁護士費用 四〇〇万〇〇〇〇円

五  合計

被告中須賀に対し 四二〇四万三五九八円

被告会社に対し 四一九六万三七九八円

なお、被告らの右各金額の支払義務は、四一九六万三七九八円の限度で不真性連帯の関係にある。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、各被告に対し、右五記載の各金額及びこれらに対する不法行為の日である昭和六一年一〇月一八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小西義博)

現場見取図

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